第四話 仲間の真意


 襲撃の夜が明けて、時は朝の日差しが暖かいものになってきたくらいの事。アルマを除く闇払う旗は、どこか張り詰めた雰囲気でデブリスの踊る小人亭に戻っていた。
 テーブルを囲み椅子に座る彼らの表情は暗く、誰もが口を噤んでいるように見えた。この空気に耐えれなかったのか、多少は客が入っていた小人亭の酒場も、今は闇払う旗以外に人が見えない。
 「……で、お前はどう思うんだよ」
 そうクローはシャマルを顎で示しながら言った。彼の言葉には隠そうともしない棘がある。……親友のレイヴンの翼に巻かれた大きな包帯が、今回の事件が“尋常じゃない”ことをクローに刻み付けているのだろう。
 シャマルは眉間のしわをより深くすると、ため息をついた。
 あの現場の状況からして、シャマルたちがアルマからの攻撃を受けたのは明らかだった。
 残っていた魔術の行使の跡と、レイヴンによる魔力の解析。この二つがアルマの“敵意”を証拠付けており、シャマルにもひっくり返すことは出来ない事実だった。
 下手人の男をデブリスの村長に引き渡した後に、こうして残っている闇払う旗で話し合っているのだが、なかなか結論は出ない。
 アルマの真意について、必然的に意見を求められるのは血縁的にも立場的にも最も近かったシャマルなのだが―――頼りないことに、彼の行動の理由はおろか、攻撃された時の記憶も曖昧なのである。
 「……もしアルマさんが、何か良からぬことを考えているとかは?」
 「ありえないだろう。アルマに限って」
 そっかーとさくらは思い付きの予想を引き下げる。が、シャマルにしてみれば心臓を冷えた手で捕まれるような問いかけだった。
 ―――アルマさんが、何か良からぬことを考えている。
 アルマには、たまにわからないことがある。
 かつて迷宮の魔神を退けたときだって、そうだった。あの時は本当にアルマが良くないものに憑かれたのだと思ったのだ。
 だから、彼にはわからぬように様々な行動をした。その結果は、妙に苦労した割にはだいたい空回りだったが。
 それ以外にも、アルマはシャマルや他の仲間にはばれぬようにと行動しているときがある。けれど、蓋を開けてみれば誰かを守るためであったり、正しい目的を達成するためであったりした。
 ……そう、そうだ。いつもアルマはシャマルの一歩先を歩いていた。子供の時だってそうだ。年齢も変わらないのに、自分は兄だからと言って、どんな時でも先に立とうとしていた。
 それならば、今回も何も変わらない。アルマはきっと何か考えがあるに違いない。
 「……アルマはきっと何か考えがあるに違いない。私たちのすべきことは、彼の足取りを追うことだと思う」
 シャマルの方向決定に、闇払う旗はそれぞれ椅子から立ち上がった。ふと外をみれば、晴れていると思っていた空は少しだけ雲が浮かんでいる。


 もう一度現場に向かって痕跡を探そうと言い出したレイヴンとクローは、魔力の痕跡の他に残っているものを探していた。
 「なんもねぇな」
 「うーん」
 レイヴンは首を傾げながら手を翳したりして状況把握を試みようとしているようだが、うまくいかないらしい。クローがそんな親友の姿をみて肩を落とす。
 もしレイヴンの翼が無事であったらクローを担いでここまでひとっ飛び……だったのだろうが、攻撃されて傷ついた翼では人を担ぐどころか、飛ぶことさえできない。
 だからか、余計に時間がかかっているように感じた。
 「こういうのはアルマの仕事だってのに、当の本人が捜査対象ならどうにもなんねぇな」
 「……」
 クローの愚痴のような独り言を受け流しながら、レイヴンは曲げられた木々に触れたりしている。魔力や魔術に関しては全くの門外漢であるクローはとうとうやることがなくなり、おもむろに剣を取り出して構え始めた。
 「クロー、何してる……」
 「暇」
 鞘を抜き、そのまま素振りを始める思考を放棄した暇人を特に咎めることはしないレイヴン。長い付き合いである故、なんとなく扱い方はわかっているのだろう。……もしここにシャマルがいたのならば、クローの頭にげんこつの一つや二つは落としていたのかもしれないが、今は下手人の事情聴取へ出ている。
 リーダー不在もなかなか自由でいいもんだ、とクローが調子に乗っていると、レイヴンがふと大きな声を上げた。
 「ど、どうした!なにかあったのか!?」
 普段はおとなしいレイヴンに驚いた顔をするクロー。だが、レイヴンはそれとは反対にひどく満足げな様子だ。
 「クロー、あったというか……ないんだ…」
 「は?」
 要領を得ない言い方のレイヴンが指したのは、地面。
 ほんの少しの“傷跡”が残る、地面。
 「ここにあった剣がない。……その魔力の痕跡も」
 「―――あ」
 クローとレイヴンは少し目を合わせた後、お互いの拳を突き合わせた。